カテゴリ:思い出( 9 )

日記 4

続いて、
学芸会の次の日の日記を読んでみる。

次の日の私の日記(小学)

「きょう、とてもいいことがあって、とてもうれしかったこと」

きょう、いいことがありました。

何かというと、がくげいかいがあったし、
ジャンボ市(地元にあったスーパーの名前)で、一円玉をひろいました。

おみせの人にあげると、おみせの人が、
「あげる。」
といったので、もらいました。

きょうはいいことがあって、とてもうれしかったです。


何か悲しい…。
どんだけ学芸会楽しみにしてたのよ、って思うといじらくもあるが悲しい。
今日は、ってのが悲しい。
今日は、のはが、一円玉に若干掛かっているのが悲しい。
他にいいことないのんかい。
ってかあんな楽しみだった学芸会の内容には触れないんかい。
一円玉の喜びが勝つのんかい。


そして先生のコメント。

いい一日でしたね。

ちょ、先生、本当にそう思ってる?
この子、悲しい子って思ってない??


そんな私は先日、
道端に落ちていた10円玉を見つけて「イエーイ!」と言って、一緒にいた人に見せびらかしてた…。

30代半ば…。
しかも大人の私は速攻ネコババ。

人は成長する生き物ではないのんかい。

それでも先生は言ってくれるだろう。
悲しい子に。

いい一日でしたね。
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by ayajijo | 2013-02-04 17:37 | 思い出 | Comments(0)

日記 3

昨年のお正月に、実家で盛大に行われた断捨離

その断捨離地獄から逃れ、倉庫へ亡命した大量の日記がある。
私たち兄妹の子供の頃の日記。

彼らは一年の時を経て帰って来た。

「ご無沙汰してました…」とか言って訪ねてきた日記は少し凍えていた。
寒かろうにとストーブに寄せてあげたら、ちょっと燃えた。

日記には兄妹それぞれの、
小学校時代の日常生活や学校生活が書かれている。

個人的な日記であれば開くに恐ろしいものであるが、
学校に提出していた、
いわば先生との交換日記。懐かしいものである。

思い出というのは時に心を温めてくれる。
幼少期の無邪気な自分の思い出が、
今の自分を励ましてくれることもある。

私はノートを手にとった。

「ちょっとあんた、他にやることあるべさ!」という母の叱責を背に、
「姉ちゃん、何で今それやる?」という妹の非難を背に、
ノートを開いた。



ある日の私の日記(小学)

「がくげいかいにいくのがまちどおしくてワクワクしたこと」

あしたはがくげいかいです。
だからわたしはまちどおしいです。
ワクワクします。

わたしは、はやくがくげいかいになってほしいです。
はやくあしたになってほしいです。

わたしが、
「はやくあしたになってほしいな。」
といったら、おにいちゃんは、
「がくげいかいがあるからでしょ。」
といいました。

あしたがまちどおしいです。


おわり。



うう、ボキャブラリーが少ない…
日記の題だけですべて言い終えている…

しかしこの私という少女は、
よほど学芸会が待ち遠しかったのだ。

私は学芸会で劇をするのが好きだったのだ。

それは少なからず今の自分に繋がっているように思う。

学芸会の中で私は、
ちび黒サンボになったりおばあさんになったり、
女剛力になったり裁判官になったりした。

今も昔もボキャブラリーの少ない私でも、
劇の中では難しい言葉も話せるのだ。
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by ayajijo | 2013-02-03 21:44 | 思い出 | Comments(0)

想うこと

昔私に、石焼きイモを買ってくれた人がいた。

石焼きイモは高い。
イモ界の中でもずば抜けて高い。
庶民的なイメージのくせに値段超セレブ。
500円とか1000円とかする。

だからとてもじゃないけど買えない。
昔は食料がないからイモとか聞いたけど、そのイモ、今めちゃんこ高い。

例えば風邪で、
「あんた何か食べたいものはないかい?何でも言ってごらん?」
って、奇跡的に母さんが優しくなる日に、
「石焼きイモ・・」
ってかすれた声で言ったって、
ただイモを家で焼いてくれるか、
聞こえない感じでモモ缶が出てくるか、

それに田舎町を偶然石焼きイモ屋が通るとは限らない。

大人になった今だって買えない石焼きイモは、
学生だったその頃の私に買えるわけもない。

けれど私に石焼きイモを買ってくれた人は、
その子だって同じく学生なのに、
「え?食べたことないの!?めちゃんこ美味しいから食べてみな!」
って言って買ってきてくれて、

それはもうめちゃんこ美味しくて、イモすげ~!とか言って笑って、

そして私はその人のことが、石焼きイモをおごってくれたからってだけじゃなくて、
大好きになって仲良くなった。
昔も(今も)困った私を、注意してくれたり、笑い飛ばしてくれたり、
いっぱい遊んで、いっぱい話した。

けれど、私より2歳年上のその人は、私が22の時にいなくなってしまって、
私はどうしようもなく茫然としてしまって、
この世にその人がいないということはとても悲しくて、
今もやっぱり悲しいのだけれど、

その人と過ごした開いた時間と、
その人の存在が、今でも私の支えになってる。
すごくそう思う。

今でもその人に会いたい。
たまらなくそういう気持ちになる時がある。

とうに私はその人の年齢を超えているのに、
私の心は今も年下のままでその人を見てる。


・・
6月2日・・・

私のブログをいつも読んでくれていて、
更新を楽しみにしてくれていて、
人形劇も一緒にしていた人がいなくなってしまったよ。

私が旅から帰国した、次の日のこと。

ブログ、
旅行中にもっと更新すればよかった。
イタリア旅行記、
私無事帰国してるのに、ブログ全然旅立ってない。
帰国したことも言えてない。

下書きいっぱいしてたのに、
下書きは旅行記16まで行ってるのに、
更新すればよかった。

もう読んでもらえない。
笑ってもらえない。
いっぱい変な失敗したこと、言いたかった。

自分が出来たことをしなかったことがグルグルと私を囲んでる。

当たり前に叶っていたことが叶わなくなることは、
とてもこわい。

大好きな人がいなくなることは、
本当にこわい。
世界がまた寂しくなる。

それでもそれでも、
ここに留まっている自分は、
誰かを思い出したり恋しくなったりしながら・・

いま出来ることをしようと思ってます。

あ、また泣きそう!
ガンバレ私!
ガンバレみんな!


ザ・コブラツイスターズの
『甦る人々』という唄が胸に沁みるわ。
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by ayajijo | 2012-06-12 00:31 | 思い出 | Comments(4)

小便小娘

春ですね。

今でこそ、エレガンスな女性になりたいと思っている私、女性でございますが、
子どもの頃、「男になりたい!」と強く思っていた時期がある。

きっと誰もが、一度は異なった性になってみたいと思うのではないだろうか。

男になりたい。
男に憧れる。
男がうらやましい。

ああ、どうして母さんは私を男に産んでくれなかったのか・・。
ああ、男だったらいいのにな~・・

さて、なぜ私がそんなに男に憧れていたのかというと・・

私は立ち小便というものがしてみたかったのだ。

男なら!
外でもどこでもおしっこができる。
(さすがに今はあまり見かけないものではあるが、
 私が子どもの頃は、よく見かけていた。)

女は!
外で尿意を催しても、まず隠れる場所(例:とうきび畑)を探さなければならない。
(さすがに今もそんな人は見かけないが、
 私が子どもの頃は、私はよくそうしていた。)

外で開放的にする小便はさぞ気持ちよいのだろうな。
ああ、背筋を伸ばし、立ち小便をする姿が羨ましい。

私はおじさんの立ち小便姿や小便小僧、
更には雄犬の小便姿にすら羨望の眼を向けていた。

あ~、私も男になりたい。
男になって、一度でいいから立ち小便がしてみたい!

毎日そんなことばかり考えて過ごした。

ふと・・
女の自分だって、やれば出来るのではないかと思い始めた。

私はまだチャレンジしていない。
挑戦せずして成功はない。
夢は叶えるもの。
論より証拠、案ずるより産むが易しだ。

もし成功すれば、夢の立ち小便生活が始まるのだ。

幼少期(今も若干)、好奇心のみで生きていた私は矢も盾も堪らなくなり、
とにかく実践してみることにした。

場所は自宅のトイレだ。

足元より一段上にある和式便器。
私は精神を集中させた。

失敗は許されない。

失敗すれば床は濡れ、確実に母さんに怒られるだろう。
絶対に見つかってはならない。
これは秘密裏に進められなければならない孤独の挑戦なのだ。

ちょっとのミスをも避けるため、
私はズボンとパンツを脱いで棚に置いた。

下半身丸出しで、準備完了である。(再度言うけど、幼少期ね)

ひとつ深呼吸をした。

後は尿意を待つだけだ。
が、尿意は待たずしてやってきた。

(私の長年の夢が今叶えられる!)

そして、
勢いよくおしっこは放たれた!!

・・・あ・・

あ・・!・・ち、違う・・あわわ・・こ、こんなんじゃない、あれれ、止まらない!
ど・・どうしよう・・。

和式便器に向かって放物線を描くはずのおしっこは、
予想を覆し、直下した。

一旦放ってしまったおしっこは止まることを知らず落下し、
足や床を濡らしていく・・。

(こんなはずでは・・。)

途端、私の目からみるみる涙が溢れてきた。
止めようと思ったおしっこも涙も止まらなくて、
私は泣いた。おしっこをしながら大泣きに泣いた。

その泣き声に母がやってきて、
「どうしたの!?」とトイレのドアを開けた。(幼少期は鍵をしていない)

下半身丸出しでおしっこをもらしている私を見て驚く母。(そりゃそうだろう。)

「どうしたの!?どうしたのさ??
 具合悪いのかい!? 怒らないから言ってごらん?」

そう、母は怒らなかった。
そして優しかった。
トイレにいるのにおしっこをもらし、
何故かパンツもズボンも脱いで棚に置き、わんわん泣いている私の姿に、
ただならぬ雰囲気を感じ、母も心配してくれたのだろう。

でもね・・母さん、
違う、違うんだ。

私は怒られるのが怖くて泣いていたんじゃないんだよ。

あれは、
私が人生で初めて流した、
挫折の涙なんだ・・。

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by ayajijo | 2012-04-11 18:55 | 思い出 | Comments(8)

けむけむ

子どもの頃、けむしが大好きだった。
もちろん青虫も好きで飼っていたのだけれど、けむしはもっともっと好きだった。
ふわふわ、モコモコと歩くさまは愛らしく、もぞもぞと葉を食べる姿はいじらしかった。

私はけむしのことを「けむけむ」と呼んだ。
愛称で呼ぶことで、より気持ちが近づく。

次第に彼らに仲間意識を持つようになった。
周りが嫌悪する存在を、私自身が嫌いでないことは大事なことだった。

道路を必死に横断している姿を見るとすかさず移動させ、「危ないでしょ」と優しく叱った。
それでも時折車にひかれてぺちゃんこになった姿を見ると悲しかった。
ふわふわの毛がぺたりと地面に張り付いて、一部は干乾びたりしていた。
思うような赤い血は出ていなくて、代わりにクリームみたいな液が出ていた。
お墓代わりにティッシュをそっと被せた。

けむけむを見つけては手に乗せて愛でる。
腕に乗せて「へへ、毛深い。」と言って笑い、友達は怯えた。
眉毛にも2匹ばかり乗せて「ごん太眉毛!」とやろうとしたら、
「バカなことやめなさい!刺されるよ!」と親に怒られた。

「刺す??」
全くおかしなことを言うものだ。
蜂やさそりじゃあるまいし、けむしが刺すわけがないではないか。噛むならまだしも、だ。
虫じゃあるまいし。

何も怯えることはない、だって小さな草食動物なのだ。
吠えたりもせず、静かに歩き、葉を食べる。
毛に埋もれて見えないが、きっと小さくて黒い、つぶらな瞳があるはずだ。
心が通じ合えれば、寂しいとき「キュー」と甘えてくるだろう。
仲間を助けた私のために、寒い時には皆が集まって私の首を温めてくれるだろう。
耳がかじかんだら、耳あてになってくれるはずだ。
一匹が耳に入り、私は「こら、くすぐったいよ」と笑う。
つぶらな瞳がウィンクする。

自分だけの友だちになれるかもしれない、という希望と安心感は、私の心を強くした。
私の可愛いけむけむたち。私は人として、彼らにとってどんな存在になれるだろう。
愛しい仲間よ友情よ、永久に。

・・・

そんなある日、けむけむがテレビに出ていた。
可愛い。
葉の上を歩く。葉を食べている。
カメラは色んな角度でけむけむを映す。
カメラはどんどん近付いて、やがて顔を大きく映した。
口元がアップになる。

・・私は凍る。

これが眼だという。
黒くてつぶらな瞳はどこにもなく、私が口だと思っていた場所に眼の塊があった。
しかもこれは虫の眼だ。私が恐ろしく大嫌いな虫の眼じゃないか。

あれ?けむしは哺乳類じゃないの?
けむし・・むし・・けむし・・毛・・虫。

私はここで多くを悟る。
そうか、けむしは毛の生えた虫だったのだ!
そしてこの真実を多くの人は知っていたのだ。

でもまだ信じてはいけない。情報に踊らされてはいけないのだ。
誤解が亀裂を生むこともあるのだ。真実は自分の眼で。

私は翌日、道を歩いていたけむしを葉に乗せ、顔を近づけた。
口がある。そしてその上には小さくて、でも大きな二つの眼があった。
その眼には何の感情も映っていなかった。

その日から毛虫が触れなくなった。けむけむと呼ばなくなった。
あんなに好きでも、離れてしまう気持ちがあることを知った。
毛虫が蛾になることも知った。

今も道路を一生懸命渡っている毛虫を見ると「ひかれるなよ」と祈る気持ちになる。
助けることはしないのだが・・。

・・・

まだまだ寒い日が続いている。
首元、寒いな。耳が冷たいな。
そんな日は、コートについたファーを見るたび、けむけむのことを思い出す。



(これは昨年参加した、
「文章表現講座」の中で書いたものです。
毎日寒いので、載せてみました。)
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by ayajijo | 2012-02-11 23:30 | 思い出 | Comments(8)

日記 2

何を隠そう、
中学生時代の記憶があまりない。

ないものは隠しようもないのだが。

あ、いや、
「ない」というわけではないのだけれど、
例えば、
人生の記憶状況を折れ線グラフで見てみると、
物心ついてから上り調子なグラフ線が、明らかに中学の時でガクンと落ちているのである。

思い出すのは、幼少期→小学生→高校生→それ以降という感じ。

一体中学時代に何があったのだろう…。
宇宙人に記憶を消された?
いや、多分あまりに何もないから覚えてないのだろう。

いやいや、でも楽しい思い出や嬉しい思い出くらいあるはずだ~!
(思い出くらい、って打ったら、思い出暗い、って表示された・・)

お正月、実家の押入れから出てきた大量の日記

私の日記もあったので少し読んでみた。

ある日の私の日記(中3)

 「学校祭の思い出」

 今年の学校祭は中学最後の学校祭でした。

 私は今年も劇の班に入りたいと思いましたが、
 今年は皆も劇をやりたがっていたので、人が多いと無理かもしれないと思いました。
 (学校祭では、劇・音楽・歌とかに分かれて発表していた)

 でも劇に入れたので、とても嬉しかったです。

 劇は何をするか話しました。

 私は出来れば、時代劇とかじゃないのがいいなと思いました。
 そして出来れば、村人Aとかじゃないのがいいなと思いました。

 〇〇先生が、劇が決まったと言って、台本を持ってきました。

 台本は『安宅の関』というもので、時代劇でした。
 私はちょっとガッカリしました。

 次に先生が、役を発表しました。
 
 私の役は『女剛力1』でした。
 私はまたちょっとガッカリしました。

 でも思ったよりセリフが多かったのでよかったです。

 学校祭で、私たちの劇は「渚中(学校名)アカデミー賞」を取りました。
 とても嬉しかったです!

 中学生活の、最高にいい思い出になりました。


という日記。

「渚中アカデミー賞」と言っても、
私の中学は、一学年一クラスの総勢75名ほどの小さな中学。しかも我ら3年生。

この日記、
数日間が高速でまとめられており、主立ったことの詳細が省かれている・・。

でも私にも最高の思い出があるんだ。

・・って、あれ、
私、何も覚えていない…。
全く覚えていない!

学校祭?アカデミー賞?安宅の関??しかも女剛力って・・

・・覚えてない。
皆で喜び合ったことも、舞台の緊張も、空気も匂いも何一つ思い出せない。

もしや私の薄い中学生活を彩る為に、
宇宙人が日記の改ざんを・・?

思い出したい。
楽しいこと、きっとあったはずなんだ。
私にもいい思い出くらい・・
思い出くらい・・
思い出暗い・・

いや、
でも本当に一番思い出したいのは、
『女剛力』は一体何を持ち上げたのかということ・・。
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by ayajijo | 2012-02-02 00:50 | 思い出 | Comments(4)

日記

お正月、思い出を断捨離していたら、
昔の日記が出てきた。

個人的な日記ではなく、学校の宿題で提出していた日記である。
(私の学校では、小学から中学途中までずっと日記を書く宿題があった。)

兄と私の分でダンボール一箱もあったのだが、
一番上にあった兄の日記をちょっとだけ読んでみる。

ある日の兄の日記(小学)

 今日、寺地先生が「〇〇〇〇」という本を読んでくれた。(タイトル忘れた)
 昨日は「××××」という本を読んでくれた。
 やはり、本が違うと内容が違うと思った。

・・兄よ・・

もしやこの当然の真実に、この時初めて気づいたのだろうか?
いや、「やはり」というからには、以前から薄々感じていたのだろう・・。
この日を境に確信したに違いない。

っつーか兄ちゃん、
本だけじゃないんだぜ。
ビデオやCD,食べ物も人間も、
ものが違うと中身も違うんだぜ、そういうもんなんだぜ、知ってっか?


またある日の兄の日記(小学)

 今日、剣道に行った。
 〇〇さんにみかんをもらった。
 その後、××さんのお母さんにもみかんをもらった。
 みかんは2個になった。
 それから△△先生にもみかんをもらった。
 みかんは3個になった。
 ◇◇くんはみかんを4個持っていたので、
 ぼくは、「あ、◇◇くんはみかんを4個持っている。」と言ったら、
 △△先生がもう一つみかんをくれた。
 みかんは4個になった。

日記はこれで終わっているのだが、
兄はこの日記でいったい何を言いたかったのだろう・・。

そして日記の最後には先生のコメントが赤ペンでこうあった。

「みかんが増えてよかったね!」


・・・・・・・


面白かったのでもっと読みたかったけれど、
「読んでたら片付け終わんないよ!」
と妹に怒られっちまったので止める。

今回、思い出のほとんどを断捨離したが、
この日記はまた来年の正月にでもゆっくり読もうと思い、
捨てずにそっとダンボールごと押入れに入れた。
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by ayajijo | 2012-01-26 22:53 | 思い出 | Comments(4)

シャリシャリ

書店でも並んでいる、今話題の「断捨離」

ダンシャリ=シャリを断つ=ご飯絶ち=炭水化物を減らして痩せる方法
と初めは誰もが思ったのではなかろうか・・おや?そうでもない?

「断捨離」とは、
とにかく物への執着を捨て、生活を快適に、ということらしい。

職業がら、物に執着しているのかもしれないけれど、
過去の物に対しての執着を捨てようと思い、
お正月、実家にある物を「断捨離」することにした。

実家の押入れを占領していた私の思い出。

ぬいぐるみ
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ファミリーコンピュータ
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復活の呪文
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何でこんなものまで取ってあるのか・・

中には、
当時死ぬほど緊張して渡せなかったラブレターが出てきて、
今更死ぬほど恥ずかしい思いをした。

さすがに書いてある文章は恐ろしくて読まなかったけれど、
封筒の中には未使用の切手が同封されており、
恋する乙女はどうやら返事を求めていたことが伺える。
過去の私には申し訳ないが、切手だけ抜き取って捨てる。
乙女よ、成仏せよ。

私は毎度、渡せもしないくせにラブレターだけは書くのだ。
今も引き出しに、書くだけ書いてみたラブレターがあるのだが、
それも断捨離間近である。
成仏せよ。

とにかく。
要らない物は捨て、
もったいない物はリサイクル店に買い取ってもらった。

思い出は、7600円になった。

そのお金で、おせちに飽きた私たちは皆でラーメンを食べた。

思い出を切り離して、少し寂しい気もしたけれど、
「にんにくラーメン」を食べたら異様に元気になった。
「断捨離」したら、何だか気持ちがスッキリした。

2012年、鼻息を荒くして、快適な生活を送りたい。
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by ayajijo | 2012-01-19 09:49 | 思い出 | Comments(4)

大正ヤンキー

知る人ぞ知る、私知ってる 『大正のヤンキー』

彼は無類のギャンブル好きで、
麻雀・花札・競馬・トランプ・宝くじ 何でもござれ。

今住んでいた土地もギャンブルで手に入れたという。

私も彼の血を引いてか、
「カイジ」というギャンブル漫画を立ち読みしています。ざわ。

大正ヤンキーは手先が器用。
一緒にポーカーをすると、なぜかなぜかカードが揃ってる・・。
なぜかなぜか捨てたはずのカードが彼の手元にある。
おそるべし!

その器用な手先を活かしてか、
晩年はきれいな花を咲かせていました。

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大正ヤンキー92歳大往生!
今は先にいってた仲間とまた博打してるんだって。

負けるなよ、じっちゃん。
「大正ヤンキー」の名にかけて!

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by ayajijo | 2010-12-27 02:02 | 思い出 | Comments(4)