一週間後にスウェーデンに行きます。(理由は前記事「4月と旧同居人くん」をご覧ください☆)
旅立ちを前に、母から電話があった。
世界は今不穏な空気に包まれている。
それを心配してのことだろう・・

母「あんた、毎度のことだけど、お金落とすんでねぇよ。」

う・・恥ずかしい。いい歳をして、まだこのような心配をされている。

私「落とさないよ、大丈夫。」

母「そう言ってあんたは落とすんだから。」

私「大丈夫だって。」

こんなやりとりが私が生まれてこの方、母子関係の中で何度繰り返されてきたことか。(過去の一例)

以前私が電車の切符をジャンバーの袖口(折れた所)に挟んで、
「おお、これは便利だ。手に持たなくていい。」と母に見せびらかしたところ、
「あんたそんなことやって、また落とすんだから止めなさい。」と言われた。
「大丈夫だって。落とさないって。」

と言った20分後に私は切符を落としていた・・
・・信じられない。
何故私は何度もこんな事をしてしまうのだろう。
これが幼少期の話ならまだしも、去年の事なので我ながら本気で呆れる。

私の人生を思い返すと、色んな物を落としてきた。
お金、財布、切符、鍵、帽子、手袋、コート、そして、あの人の心・・(誰や)
何故皆私の手からすり抜けてゆくのだろうか。
しかし忘れ物はこの比ではない。

落し物と忘れ物。これが私のルーティーンです、くらい繰り返し、
それでも懲りずにまた遠出する私に母は言う。

「あんたは本当絶っ対落とすんだから、股のとこにでも縫い付けていきなさい!」

「いや、それはゴワゴワするからしないし。あとお金使うたび股ごそごそしたらおかしいし。」と私は見事に言って逃れ、
何とか今は他の落とさない方法を考えているところである。

父は世界情勢から、電話の向こうで私の安全を気にしてくれていたようだが、
母に「一応保険高めに掛けてから行くわ」と冗談半分で言ったら、
「受取人は私か?」と本気半分で答えていた。

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# by ayajijo | 2016-03-28 23:39 | スウェーデン | Comments(0)

4月と旧同居人くん

昨年4月から半年ほど一人の青年とシェア生活をした。旧同居人くんのこと

その旧同居人くんについて、今まであった色んなエピソードを書き溜めている。
いつかまとめて冊子にしてみたいという思いもあり、エピソードを思い出しては書き、
また新たにおかしなことが起きてはメモしている。
ザッと上げるだけで50くらいは書けるネタがある・・

彼と知り合った当初を思い出すと、野良犬というイメージがしっくり来る。
汚れていて痩せこけていて、警戒心が強くてすぐ噛み付く。
それでいて人に本当は甘えたくて、唸りながら尻尾を振って付いてくる・・といった感じ。

日韓ハーフでスウェーデン育ちの彼は複雑な生育環境にあり、
思春期から成人までを精神病院で暮らしていたという。
今も沢山の強い薬を飲んで、気持ちや体のバランスを取っている。

当時韓国に住んでいた彼を、昨年4月に「日本においで」と誘ってみた。
当時彼は日本への強い憧れがあり、日本は自分を救ってくれると言っていた。
まだ日本のこともそんなに知らないのに、そんなのは妄想に違いない、と思った私は、
それじゃまずとにかく日本に住んでみたらいいと、彼を招くことにした。

それから彼との奇妙なシェア生活が始まった。

英語とスウェーデン語が主体の彼に対して、私は日本語と擬音。
それでも何とか成り立ったのか成り立ってないからうまくいったのか、
3日に一回の頻度でバトルしながら、二人の間におかしな信頼関係が生まれた。
好みのせいか年齢差か、始めからお互い恋愛感情に至らずに生活出来たのがよかった。

彼が日本で長く暮らせる方法を二人でとにかく模索し、
何の道も見つからなくて途方に暮れた。何度か泣きながら神様にお願いしている姿を見て胸を打たれたりした。
父親が日本人なのだから、きっと何処かに生きていて、
子どもだって認めてもらえたら日本に住めるのに。
大人はあまりにも身勝手で、それにより生まれ捨てられる世界の子どものことを考えたりもした。

そうして途方に暮れつつしているうちに彼はいつの間にやら素敵な女性と恋に落ち、
多くの状況を理解した彼女は、一気に結婚に向けて進み出した。
今では彼女のお腹に子どもがいて、先日身内だけの結婚式を挙げて、
私は一人、新郎側の親族としてなぜか参加させてもらったのである。
記念に撮った私と旧同居人くんの2ショットが不思議と顔が似ていて、
私たちは母子なのか?いやせめて姉弟だろうと話した。

人生はドラマチックだ、なんて思ったりもするけど、
彼の乗り越えてきた人生を思うと、自然とドラマチックになった訳でもない。
多くの彼のような孤児としてヨーロッパで育てられたアジアの子どもたちは、薬物に溺れたり自殺をしてしまうこともあるという。

彼に出会ったことで私にも色んな変化が生まれた。
彼とのシェア生活は、とにかく面白かったけど面倒なことが多過ぎたので、
一人になったときは喪失感と開放感が同時にやってきた。
よかったと思うのは、本気でぶつかり合ったことだと思う。
そんなこと、なかなかしないし、したくないと思って生きてきたのだが、
食うか食われるかみたいな状況で、ごまかしなど利かなかった。

野良犬みたいだった彼は今は美味しいものを沢山食べて少しお腹もぽっこりして、
人懐こく笑うようになった。
怒ると噛み付いてくるところはまだ治らないけど、噛み方や力も少し変わってきたように思う。

彼はこの4月、スウェーデンに数年ぶりに帰国する。
日本での色んな変化による手続きと、唯一血の繋がりのあるお姉さんと、義理のお婆ちゃんに会うのだという。
幼少期からのトラウマから脱したくて離れたスウェーデンだったようなので、
帰ることに少なからず抵抗があるようだ。今回の帰国は勇気ある一歩でもあり、一つ大きな成長にもなるだろう。

・・・

・・ってかそんで・・そんでよ。

勇気ある帰国だね!と思ってたら・・
ああ僕は不安で押しつぶされそうだ~!って言って、
一人で帰るのは怖いよう。だからお願いだから付いて来てくれよう!って言い始めて。

いやまず私本気でお金ないしっつって、
部屋数あるアパートを借りるから、そこに滞在できるから!って言って、
いや3週間くらい行くっていうし、私だって忙しい身だからさ、
スケジュールそんな空いてるわけないよって見たスケジュール帳が見事に真っ白で、
あ、行けんじゃね?ってなって、
4月って言ったらそろそろ還付金とか戻ってくるから、
あれれ、行けなくもないんじゃね?ってなって、

で、そういう訳でして・・・

4月から3週間ほどスウェーデンに行くことになりました。
何の用もないしお金もないのに!!旧同居人くんの”気休め係”として・・

ちなみに妊婦の奥さんは行けない為、
奥さんからも「あやこさん(私)が一緒に行ってくれたら私も安心なので、大変だとは思いますが(笑)よろしくお願いします!」と。

まずスウェーデンのことを全く知らないので、どうなることやら。
それにしても、人の出会いって変で面白いな~と思う春です。
ではまた旅のご報告をそのうち・・

「スウェーデン 国旗」の画像検索結果

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# by ayajijo | 2016-03-23 00:13 | スウェーデン | Comments(1)

ギャンブル婚

以前書いた「コンカツ」

こ…これを書いたのが2012年だというのか!
そこから何も成長していない、成長というか発展というか成功というか、というか。
しょ・・衝撃的・・

本気でコンカツを頑張っていた友達はもう赤子がいるのに、わ、私はこの3年あまり本気で何をやっていたのだ!?
この3年の歩んだ道を振り返ってみても荒地の上、私の足跡しかない。
だれかが一緒に歩いた形跡も横断した形跡もない!猫の足跡すらない!
ひたすら誰にも邪魔されず自分の歩幅で歩き続けている・・
唖然とした…

このままではどうなるもこうなるもどうもならなさ過ぎると、
私はまた性懲りもなく先日から始めているのだ。
名づけて「ギャンブル婚」ざわっ・・

ある芝居のチケットを二枚買ったのだ。
公演は今月神戸。
前回は結局薬局一緒に行く人(つまり恋人)が四方八方見渡しても見当たらず、ギャンブルに負けた私は公演当日、ふと見渡したところで木を削っていた親方に拝み倒して一緒に行ってもらったのだった。(一応男性をチョイス、あ、一応とか言ってすいません!)
「これはギャンブルなので私にはリスクが必要なのです!チケット代は要りません!」とか言って。
それでも「あんたビンボーなんやから」とお金を払おうとするあしなが親方に「あ、じゃあ!」と言ってお好み焼きとビールをおごってもらったのだった。
あの時はすいません&ありがとうございました☆

しかし今回はそれはできない。
次のその公演の時には親方は不在なのだ。
ち、ちがうそうじゃない、これは恋人を見つけるため、自分に勢いをつけるのためのギャンブルなのだ。
後戻りと保険は効かない。ハイリスクハイリターンを狙うのだ!
やるときはやりまっせってとこを見せようじゃないか。(え、誰に?)
っつーかもう来週の話じゃないか!
予兆がゼロ!

ま、でもね、前はチケット代高くて正にギャンブルってたけど、
今回はチケット代そんな高くないから・・ね・・(保険) 

※ギャンブルは地下労働しない程度にほどほどに。

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# by ayajijo | 2015-11-11 22:10 | 日々 | Comments(1)

立て~!立つんだロジョー!
立ち上がれロジョー!

ってことで、立ってきました。
フランスのロジョー(路上)に。
人形を持って。

今回の旅のメインの一つは「人形劇フェスで路上パフォーマンスをする!」でした。
人生に抜かりのない私は数ヶ月前からこのフェスティバルに申請書を出し、
我々の活動なども送り、抜かってない気持ちでフェスティバルに臨みました。
数ヶ月前から準備していた割りに、間際の決定の返答は来ていないなと思いつつも、
まあ私のことだから抜かることはあるまいと、
フェスティバルの本部にやる気満々で行きました。
一応事前に送ってもらっていた一枚の紙を頼りに・・

ここからは私の流暢な英語風身振り手振りの出番で、
「私達は日本から来た人形遣いであり、このフェスティバルで路上パフォーマンスをしたいと思い、以前申請をしたのだが、その後どうなってる?通ってる?・・え?通ってないの?ええ?抜かってる?まじっすか、まさか私に限って、あぁ、私だから抜かるのか、なるほどね、ありゃりゃ、でももう日本から人形持ってきててさ、ミュージシャンのイマイアキさんも来てるし、ここでいっちょやらせてもらえないでしょうか。はい、フェスティバルにはもう3回くらい来ていて、いつも楽しいですよ、ほんと。だから今回はうちらもやりたいね~っつって、そんな話で旅行計画してたし、その為にもやしとカイワレで生活しのぐみたいなことでお金も貯めてここまで来たんですわ、これで出来なかったら日本に帰るに帰れないっていうか、いや正直帰りのチケットもう取ってあるから帰れるんですけど、まあそれは言葉のアヤってやつで、アヤ、分かりますかね、えっと日本のワビ、サビ、アヤみないな。あ、はい、アヤコっていいます、私の名前。いや、キラキラネームではないですよね、さすがに。ちょっとレトロの部類っていうか、えっとうんと、そんなこんなで、どうかお願いします!ここで働かせて・・じゃない、ここで路上生活!・・じゃない路上パフォーマンスさせて下さい!!」
ってことを、1階本部の受付から3階の本部に案内してもらって、更に翌日来てよってことで、翌朝にフェスティバルボスに会って直接頼むという流れでイマイアキさんと一緒にお願いしたのでした。

結果、
「他の路上パフォーマーと被らないよう調整してみるから、やってもいいよ!」ってことで、
させてもらえることになりました。
「ありがとうございます!そしてご迷惑お手数お掛けし申し訳ありません!次回からは抜かりを埋めて臨みます!」
ということまで流暢に身振り手振りで伝え、
「やりたい日の朝に本部に来て、どこで何時ころやりたいか言いにきて。」
ってことで、そこから三日間で計4回。
目標だった『人形劇フェスティバルで路上パフォーマンス』をさせてもらいました。

本当に皆さんありがとうございました。
スタッフの皆さんがとても優しくて、すごく歓迎してくれて嬉しかった(涙)その内の一人がカッコよかった。(何日も会う内カッコ良さにも慣れるねbyアキさん)

さあ、いざ初ロジョー!
初日は街の中にある劇場の前の広場でさせてもらいました。

今回の路上プログラムは、
イマイアキさんはカバンに沢山の楽器を詰め込んで登場!準備の模様はコチラ
イマイアキさんの奏でるアコーディオンやトイミュージックに合わせて私達は人形劇をします。
みのむしは日本の画家・藤田嗣治(ふじたつぐはる)に似てる「フジタニニテハル」画伯を連れて登場。街の風景やお客さんの似顔絵を描きました。
私JIJOは男と女の愛の形を壮大にチープな感じで3分ほど上演しました。

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準備中。少しずつ人が集まってくるよ。
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まずはアキさんの演奏で人が沢山。
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フジタニ画伯登場。子ども一人を選んで描きます。
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皆さんとても喜んでくれて、写真手前の急いで作った投げ銭箱にお金を入れてもらいました。

次の日も立つよ!ロジョー!
明日もロジョー!

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# by ayajijo | 2015-11-01 15:24 | 旅2015 | Comments(1)